”卒業対策委員”って、日本語に違和感がありましたので。

私には子どもがふたりいる。上の息子はこの春から高校生、下の娘は、中学生になった。

さて、子どもが幼稚園や小学校を卒業する年になると、保護者主催で子ども達の卒業を祝う会(母親たちがステージでダンスや歌を披露することもありそれも微妙なのだが、そのための練習がけっこう大変で不評だったりする)、卒業式当日の記念品手配、学校専属の写真屋さんに手配して卒業アルバムや卒業文集を作るのが一般的で(昔はさらに卒業式当日の謝恩会というのもあった)、それらを取りまとめ、カタチにしていくために、いわば強制的に係になった保護者(多くは母親)がいるのだが、その組織を卒業対策委員と呼ぶことが多い。略して”卒対”。

この”卒対”は長らく厄介な強制ボランティアとして認識されていて、実際にとても大変なので、誰もやりたがらない。

卒対の決め方というのも、各学校それぞれだが、これまで何も係をやってこなかった人に押し付けるようにしてやらせる、くじ引きで決める、ということも多々あるわけで・・・

わたしの子どもの学校では、パンデミックを機に、だいぶ縮小されてきたが、落ち着いたらまた復活する兆しがみられたり・・・そして、働く忙しい母親たちとて、忙しくてこれまで学校のことに関われなかったのに、それであなたはなにもしてこなかったから、一番仕事量の多い卒対をやってね、って強制的に係にされるなんてこんなおかしいことがあって良いのでしょうか、という苦情も上がっていた。

そんなこんなで、気づけば下の子が卒業の年には、PTA執行部と小学校の校長副校長から「卒業を祝う会や卒業に関する心遣いのあれこれは、あくまで有志でやるものなので、PTAの委員をやったから免除、というような関係性は一切なしにします」という御達しがあった。

ごもっともなお話。その後、それに付随するややこしい問題は勃発していたが・・・ここでは割愛するとして。

わたしは上の子が4年前に卒業するときに、この卒業文集とアルバムの配布の仕方に思うところがあり、下の娘が卒業する時は、自分で納得のいくカタチで作りたい、と思っていた。

つまり珍しく、自ら”卒対業務”をやりたいと思った、ということ。

思うところがあったのは、

1.卒業アルバムと文集を合体させた1冊が卒業後、数か月経った中学1年の夏休みに配布されるのがもったいない。卒業式当日に文集をもらうと思っていたわたしは、ほぼ手ぶらで(卒業証書と一輪の花束だけ)帰ってきた息子に拍子抜けした。中学生になった夏休みともなると、小学校を卒業した余韻というほとぼりが冷めてしまい、息子なぞ開く気にならず、16000円も払った価値を存分に生かせなかった。そして購入希望者のみ購入なので、もし親御さんが高額のため購入しないと決めたら自分が書いた文集すら読めない児童が出てくる。(実際に、毎年数名いた)

2.卒業文集は先生が、手書きで児童に書かせており、4回ほどの清書をしている間に書くことがイヤになり、先生に合格をもらえるためのオトナに気に入られる文章になりかねない。もっと、自由に等身大の文章で書ける文集でよいのではないか。

ざっくりいうと、この2つだった。

そこで、わたしは、娘が小学5年の秋から水面下で動き始め、担任や主任教員と副校長に、文集と卒業アルバムを卒業式当日に配布できるようにスケジュールを変えることは可能か、今までの学校と写真屋にお任せで今までと同じように、集金だけ唐突に保護者に16000円と突きつけるのではなく、値段交渉をしたり印刷会社を変えることは可能か、などと相談しにいった。その時はひとりで。

先生方もこの卒業関連のボランティア業務には、思うところがあったらしくとても熱心に話し合いの場を作ってくださって、先生方の今までのご負担がどれほどだったかも熱く話を聞かせてもらえた。

そして私は、先生方にこう言った。

「卒対って言葉がおかしいと思うんです。印象が悪い。卒業対策委員って、いう”対策”という響きが重々しい。だから誰もやりたくないのは当然。そもそもわたしが知りうる限りでは、”対策”っていう日本語は何かネガティブな”問題”や解決しないといけない”課題”に対して”対策”をするもので、卒業することは何の”問題”でもなく、喜ばしいことなのだから、対策っていう言葉は日本語としても間違っていると思うんですよね」

すると、国語が専門らしき副校長先生は「うーん、まぁ、長年”卒対”って呼んできていて、教職員の間でも、卒業関連の仕事のことを”卒対”って呼んできて定着しているので、広域の意味では”対策”でも良いのかもしれないですけどね」

と、いうなんとなくの返答もしてくれた。

そして、わたしが決定したわけではないが、先ほど書いたように、娘が小学6年になる頃から、「卒対という仕組みを廃止します」と学校とPTA執行部のお達しが保護者会で各担任から発表され、保護者の間には激震が走った。

卒対という強制的な組織は廃止。これは良いことだ。

そして、わたしは、「卒業アルバム・文集制作係」という名目で、有志で制作を進めることにした。卒業に関する雑務全般をこなしてね、という「卒対」ではなく、あくまでアルバムと文集のみ手配する係と言う意味をこめて。