感謝より協力~母の日に寄せて~

もうすぐ母の日。あのMother’s Dayって、日本では「お母さんいつもありがとう」ってカーネーションを送ったり、お菓子やお茶セットとか、ギフトを贈ったり、感謝の気持ちを伝えよう、ってなっていますよね。

昨年、そういえばどなたかのInstagramに「海外のあるグリーティングカード制作会社が作った動画を見て!」ってシェアされていたドキュメンタリー式の動画。

若者たちが何も知らず、求人に応募して、その面談をする、という設定。”我々の仕事は、夜中もしなくてはいけないし、365日休みがないですが、とてもやりがいのある仕事です””それでお給料はいくら?””タダです”というやり取りに、若者たちが絶句・・・”こんな仕事は誰もやりませんよ・・・”みたいになっていって、最後にどんな仕事なのですか?という問いに、面接官が”Mother” (お母さんです)。と言う。それを聞いた若者たちが”ほんと、お母さんには感謝しかない”と感嘆する、という広告的なメッセージ。

多くの感動を巻き起こしたらしいですが・・・

わたくし、

以前から思っていました。わたしには二人の子どもがいますが、感謝してもらいたくてお母さんをやっているわけではないし、感謝ならいつも彼らは伝えてくれている。些細なことでも、わたしの子どもは「ありがとう」って言う。

長い子育ての中で、そういう風に育ててくればそうなるんだけど、

何が言いたいかって。

日本社会に定着している母の日ってなんか、その場しのぎにも見えるのよね。

照れくさくて、言えない感謝の気持ちをカーネーションで、とかそういう機会を利用してしたいならすれば良いけれど、

感謝だけして、お母さんにただ働きをまた続けてもらう、というのはどうもなんだかね。

母の日に、母であるわたしが嬉しいのは、家族の”協力”のほうかな。

ごはんを作るときに、一緒にキッチンに立つ、とか「今日はわたしがご飯作るよ」とか「トイレ掃除しておきました!」とか・・・ゴミ出しも言われなくてもやるとか日常生活で、お母さんがただ働きしてくれていそうなことに目を向けて、これはお母さんだけの仕事ではないし、一緒に強力すれば楽ができるよね、というそういう雰囲気がある方が素敵だと思う。

離れて暮らすお母さんに、カーネーションを贈るのもいいけれど、ネットで注文して、メッセージ付きのを添えてもらって贈って終わり、にするのではなくて、電話をして「元気?」「どうしている?」そんな話する方がよっぽど嬉しいと思うの。

モノをあげて、はい、解決。母の日ギフトって、若干、企業のマーケティング戦略で煽られているようなところもあるしね。

わたしは、子どもや夫にも「感謝より協力が嬉しい」と伝えている。

ま、感謝は心の中でしてくれている前提があるから。そういう関係性を築くには、常に目の前にいる家族やひとと、ちゃんと向き合っていることが大事。わたしはそういう生き方をこれからもしていくつもり。

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