自分を律することのできる人間

先日、大学時代の親友と5年ぶりに会った。彼女は、だんなさんと共働きで2人の男の子を育てながら、下の子がまだ2歳になるかなったかくらいの頃だったと思うが、5年前の春先に会ったら、都内の大学院で博士号をとりたいと、大学院に願書をだして合格して来月から通うと言って私を驚かせた。その後、めでたくつい先日博士論文の公開試問が終わったので会いたいと連絡をくれて、大学の近くにあった当時から何度も行ってた小さな居酒屋で再会することになった。

大事な論文の発表の数日前に、インフルエンザにかかり寝込んで、病み上がり状態で、大事な本番を迎えたという。4キロやせてしまったという彼女は確かに顔がほっそりしていて、懐かしの居酒屋でスタミナつけたいと言っていた。

こちらからしたら、今年の目標、体重マイナス3キロすらなかなか減らないのに、たった3日で4キロやせたという親友のことが羨ましい。さらに、新婚でイギリスの大学院に1年間、旦那さんを日本に置いて、単身留学しに行ったときも、訳が分からない嫉妬のような気持ちも正直持っていた。

そんな親友は、今度はさらに子育てもしながら、自分のキャリアも中断することなく、今度はかの有名大学の大学院に進学し、博士号をとったというのだから、さらなる嫉妬心がわたしにはあって、その嫉妬心をぬぐえるのかはたまた、慰められるような話を聞けたら良いかも、という邪なことを心に秘めながらいた。

ジェラシーを抱えたみっともない自分と目指していたことを成し遂げた親友。

わたしが「なんでまた、子どもも小さいのに、今、大学院で博士号をとりたいって思ったの?やっぱり、仕事の関係で、キャリアアップに必要だったから?会社からバックアップとかあったの?」

とズケズケと聞くと、「ううん、それもあるかもしれないけど、なんかね、もうちょっと若い時に、ニューヨークに仕事で出張することがあって、その時にニューヨークで働きたいなぁって憧れたのね、でもそのときは子どももまだ小さくて、今はニューヨークには行けないなという現実があって。いつか行けるとしたら、もっと自分の実力を試してみたいって思ったんだ。それで、大学院で博士号をとりたいって。」

と爽やかに言う。

「ちなみに新婚だったのに、イギリスの大学院に留学行ったのも驚いたけど、あれは?」

とまたしてもズケズケキャサリンである。

「あのときはね、大学時代には、休学してオーストラリアに1年行ったけど、あれはワーホリみたいな感じだったから、いつかちゃんと留学してみたいって思いがあったんだよね。それで、新婚のタイミングだったんだけど、いまだって思って行ったんだ」

って!それで、イギリスの大学院に行っちゃうって、ほんと驚かされる。

大学時代から聡明だった彼女は、イギリスでも学び、いまや日本でも博士号を取得して、目標を達成した清々しいオーラを放っていた。

思い返せば、たまたま運よく、二次試験の小論文が上手く書けて第一志望の大学に入れた私だが、入学したら地方の難関進学校から来たんだな、という優秀なクラスメイトがたくさんいて、わたしは授業でも自分の学力のギリギリさを痛感していた。親友は、その中の、優秀な学生っていう感じがあの頃からあった。さらに仏教の信仰にも熱い彼女は、道徳心もあり、なんというか昔からとても人柄も良いのだ。

5年ぶりに再会して、ズケズケと話をふっかけても、嫌な顔をせず、気さくさと方言が抜けきれない素朴さ、そして賢さ、謙虚さが一緒になって、その自然体な人柄はやっぱり、好きだなぁとわたしの心を温かくしてくれるのだった。

飲みながら、彼女は「いや~、これで論文から解放されたと思うと嬉しいよ、毎朝4時半に起きる生活がやっと終わったって」と朗らかに言った。

「4時半!?」

聞くと、イギリスでマスター(修士号)は取っていたものの今の大学院に入った時に修士からやった方がいいって教授から言われて、修士から通ったのだから5年かかったという。その5年間、毎朝4時半に起きて2時間勉強してから、子ども達の朝食を用意してそこから仕事に行って、夜は9時半に子ども達と寝る生活を続けていたそうだ。

ただただ、感心してしまった。どんな目的や野望であれ、毎晩、翌朝早く起きることを気にしながら、ちゃんと四時半に起きて机に向かうというのは、自分を律することができる人間にしかできない。

「毎朝4時半に起きて勉強するって、それを続けられたモチベーションって何なの!?すごいね・・・」と聞くと、

「え、目覚まし時計・・・?かな~」

って返してくるところがまた、もう、ほんと素朴で良い人やん!ってなる。

自分を律することのできる人間って立派だ。誰かに命令されたことではなく、仕事などの義務でもなく、単に自分の夢や目標のために、苦行を続けるなんてなかなかできることじゃない。(朝4時半に起きることは、もはや彼女にとっては、苦行ではなく楽しみなのかもしれない??)

なにせ、わたしは親友の話を聞いて、あ、わたしって自分を律することができない人間だな、ということを痛感した。すぐに休憩したがる、どうしたらさぼれるか、ということばかり考えているのがわたしだから(苦笑)

でも、まぁ、律することができず、なるようになると身を任せ怠惰に時間に流されてしまう自分はそれはそれで、”わたしの良さ”であると開き直っていこうとも思えた。

5年ぶりに会っても、しょっちゅう会ってしゃべっていたかのように思い出話にケタケタ笑いとばせるこの友情はなんと爽やかなものだろうか。親友はあの頃から、みっともないわたしを「それがあなたの良さ」って受け止めてくれているのがこの歳になっても自然とわかるから、そういう立派な人間を友人に持てたことを誇りに思おうではないか。